2018年 09月 06日
二十年後(ver 0.1.5) |
警官が堂々とした態度で大通りを歩いていた。観衆もろくにないので、その姿を見せつけようというよりは単なる習慣である。時刻はようやく夜の十時になろうかという頃合いだが、雨まじりの冷ややかな風が吹くなかで道行く人はほとんど絶えていた。
道すがら戸締まりを調べ、警棒をいろいろ巧みに回し、静まりかえった通りに目を配る――がっしりした体格で少しばかり偉そうに歩くこの警官は、平和の守護者を体現しているかのようだ。このあたりは店じまいの早い地域である。煙草屋や終夜営業の食堂の灯りも見えるが、たいがいは事務所の戸口なので、すでに閉まっていた。
とある地区を中ほどまで来て、警官はふいに歩調を遅めた。店じまいした金物屋の戸口に、火のついていない葉巻を咥えた男が寄りかかっていた。警官が近づいていくと、男は機先を制して話しかけた。
「なんでもないよ、お巡りさん」彼は不審を解こうというように言った。「ちょっと人待ちなんだ。二十年前にした約束だが。てなことを言うとちょっとおかしく聞こえるだろうね? よし、すっかりわかるように話しちまおうか。ずいぶん昔のことだが、この店が建ってるところは食堂だったんだ――“ビッグ・ジョー” ブレイディズ・レストラン」
「五年前までね」警官が言った。「取り壊されてしまったよ」
戸口にいた男はマッチを擦って葉巻に火を灯した。その明かりで、青白い肌と、四角い顎と鋭い目、それに右眉の近くについた小さな白い傷痕が見えた。彼のネクタイピンには大きなダイヤモンドが奇妙な具合で嵌め込まれていた。
「二十年前の今夜」男は言った。「俺は“ビッグ・ジョー” ブレイディズで、俺の一番のダチ、世界で一番いいやつだったジミー・ウェルズと夕飯を食ったんだ。あいつと俺はこのニューヨークで兄弟みたいにして育った仲でね。俺が十八、あいつは二十(はたち)。次の日の朝に俺は一旗揚げるため西部に行くことになってたんだ。だがジミーをニューヨークから引っ張り出そうなんてことはできないからさ;なんせ地球上でここだけが唯一の居場所って思い込んでたからね。それでその晩に約束したんだ、きっかり二十年後のこの日この時間にここでまた会おう、どんな立場になってようと、どれだけ遠くから来ることになろうとも。二十年もすれば、どういうふうになっているにせよ、お互いの運命も決まって財産もできているだろうからってな」
「惹かれる話だね」と、警官が言った。「再会までずいぶん間を空けすぎてしまったようにも思えるが。ここを発ってから友達の便りはなかったのかい?」
「ああ、そうだな、しばらくの間やりとりもあったよ」相手が言った。「でも一、二年たつうち互いに連絡が取れなくなってね。なにしろ西部は広いし、俺はあちこちいそがしく飛び回っていたから。でも生きてさえいれば、ジミーが俺に会いに来てくれることはわかりきってるからさ、いつだってまっすぐで信頼できるやつだった。あいつは忘れたりしないよ。俺は今夜この戸口に立つのに一千マイルの彼方から来たけど、昔なじみが来てくれるなら十分報われるってもんだ」
人待ちの男が立派な懐中時計を取り出すと、蓋には小さなダイヤモンドが散りばめられていた。
「あと三分で十時」と、彼は告げるように言った。「俺たちがレストランの入り口で別れたのは、ちょうど十時だった」
「西部ではずいぶんうまくやっていたんだね、違うかい?」警官が尋ねた。
「ご明察だ! ジミーが俺の半分も成功してりゃいいがね。あいつはいいやつだが、なにせのんびり屋だからな。俺はといえば、俺の稼ぎを横取りしてこうってな狡賢い連中とやりあってたもんさ。ニューヨークじゃ人間は型にはめられるだけだよ。剃刀を当てるなら西部にかぎる」
警官は警棒を回して一歩二歩と歩き出した。
「私は仕事に戻るとしよう。友達が間違いなく来てくれるといいね。待つのは時間ちょうどまでかな?」
「まさかそんな!」と、相手が言った。「少なくとも三十分は待つよ。ジミーが生きてるならそれくらいまでには来るだろうからね。それじゃあな、お巡りさん」
「では失敬、いい夜を」警官はそう言って見回りに戻り、戸締まりを確かめつつ去っていった。
いまやすっかり冷たい霧雨が降りしきり、吹くや吹かずやほどだった風もだいぶ強くなっていた。ごくまれにある通行人は陰気に押し黙って外套の襟を立て、ポケットに手を突っ込みながら急ぎ足で通り過ぎていく。若い日に友人と交わしたあやふやで無茶な約束のために、はるばる1000マイルかけて金物屋の前に立つ男は、それでも葉巻をくゆらせながら待っていた。
それから二十分ほど彼が待っていると、裾の長い外套の襟を耳まで立てた背の高い男が、通りの向かいから足早にやってきた。彼は人待ちの男にまっすぐ向かってきた。
「お前かい、ボブ?」彼は疑わしげに尋ねた。
「そういうお前は、ジミー・ウェルズ?」戸口にいた男が叫んだ。
「なんてこった!」いま来た男が、相手の両手を取って叫んだ。「こいつはたしかにボブだ。お前が達者なら、ここで会えるって考えたのは間違いなかった。よしよしよし! ――二十年といえば長い時間だからな。あのレストランはなくなっちまったよ、ボブ;まだあればよかったんだが、そうすりゃまた一緒にここで夕食にできたのにな。それで西部のもてなしはどうだったい、相棒?」
「すばらしいもんさ;俺が欲しいもんは何でもくれたよ。お前ずいぶん変わったな、ジミー。お前が俺より二、三インチも背が高くなってるなんて考えもしなかったぜ」
「ああ、二十歳を過ぎてもちょっとばかり伸びてな」
「ニューヨークでうまくやってるか、ジミー?」
「まあまあさ。いまは市役所づとめなんだ。さあ来いよ、ボブ;俺の行きつけで昔の話をいろいろしようじゃないか」
二人の男は腕を組んで通りを歩き始めた。西部から来た男は成功によってうぬぼれがふくれあがり、おのれの成功譚のあらましを語り始めた。外套に身を隠すようにしているもう一方は、興味深げに耳を傾けていた。
街角に電灯を明るく照らす薬屋があった。そのまぶしい光の中で、二人は互いに相手を見ようと顔を向けあった。
西部から来た男が突然立ち止まり、組んでいた腕を払いのけた。
「てめえがジミー・ウェルズなもんか」彼は怒っていた。「二十年がどんだけ長かろうと、鷲鼻を獅子鼻に変えたりするわけねえだろうが」
「時として善人を悪人に変えることはあるのにな」背の高い男は言った。「お前はもう十分も前から逮捕されているんだぞ、“シルキー”ボブ。シカゴじゃお前がこっちにくるかもしれんと電報をよこしてきていたんだ、話があるってな。おとなしく来るか、どうだ? よし、利口だな。それはそうと、この手紙は署に着く前にお前に渡してほしいと預かったものだ。この窓のところで読めるだろう。ウェルズ巡査からだ」
西部から来た男は渡された小さな手紙を開いた。彼の手は読み始めるうちはしっかりしていたが、最後のほうになると少し震えていた。手紙はずいぶん短かった。
「ボブへ:俺は時間通り約束の場所にいた。君が葉巻に火をつけようとマッチを擦ったとき、俺が見たのはシカゴでお尋ね者になっている男の顔だった。どうしても自分ではできそうになかったから、見回りに戻ってから私服刑事を捕まえ、仕事を代わってもらったんだ。 ジミーより」
("After Twenty Years" in "The Four Million" by O. Henry)
Last Update: 2018.10.29
この翻訳の底本はProject Gutenbergにあります。
O. ヘンリーの著作はhttp://www.gutenberg.orgから無償で入手することが可能です。
大久保康雄訳『O・ヘンリ短編集(二)』(新潮文庫)にも収録されています。
芹澤恵訳『1ドルの価値/賢者の贈り物』(光文社古典新訳文庫)にも収録されています。
by islecape
| 2018-09-06 00:19
| O. ヘンリー